<ピリピ2:5>
キリスト・イエスにあっていだいているのと同じ思いを、あなたがたの間でも互に生かしなさい。
<コリントⅠ:9:22>
弱い人には弱い者になった。弱い人を得るためである。すべての人に対しては、すべての人のようになった。なんとかして幾人かを救うためである。
人は相手になる人や物の形どおりに、その特性と形と形象に自分の心を合わせて見て喜ぶべきです。自分の気に入る人やものばかりを見つけて選ぼうとしたら、見つけることも、手に入れることもあまりにも難しいです。
だから存在するものに自分の心を合わせるべきだということです。どんなものでもよいところを見つけて、そこに自分の心を合わせて生きたときに、みんなが喜び、満足して生きます。
これと同じく、すでに存在していらっしゃる神様、聖霊、御子、主の心に自分の心を合わせるべきです。人々は神様の御心に合わせないで、自分の意向に合わせてやろうとします。だから、神様の心と御心が成されても分からず、神様にも、聖霊、御子、主にも不満を抱きます。
神様の時代の歴史も自分に合わせて見るのではなく、6000年間すでに成されてきたことに合わせて見るべきです。成された神様の御心に自分の心、考え、行動の次元を合わせるのです。
また、自分自身が気に入らないと言わないで、自分が備えているところ、よいところを探してみてください。自分に従う人や周りの人も気に入らないとばかり言わないで、自分の心を相手に合わせて、よいところを探してみればよいところがあります。
人間の運命も天の運命の道に合わせて生きてこそ、すでにある道、よい道へとより易しく行きます。自分が願うとおりに合わせて行こうとすると、その運命の道はないので、自分の道を自分がつくって行かなければなりません。だからうまく行けもしないし、行ってもその終わりは闇です。
今日は「すべてを自分の考えどおりにしないで、神様の考えで、聖霊の考えで、御子と主の心で見なさい。自分の考えどおりにばかり見たら、失望し、恨み、争い、戦う。万物も人もみんな対象であられる神様に合わせて見なさい」を核として話しました。みんな深く悟ってください。
聖霊の愛の平安を祈ります。












