<伝道の書1:2>
伝道者は言う、空の空、空の空、いっさいは空である。
<箴言13:12>
望みを得ることが長びくときは、心を悩ます、願いがかなうときは、命の木を得たようだ。
ソロモンは王として願うことをすべて成したけれども「虚しい。虚しい。人は一体何をしたら満足するだろうか」と言いました。
人々の願い事は生きていく中で数百通りです。問題が一つ一つ迫ってくるたびに「これを成したらこれ以上なく満足して生きる」と言います。しかしそれが成されても、数百の願い事がすべて成されても空虚です。
神様は人々が生きてくる中で願っていた大小の願いをすべて聞いてくださいました。いつも共にして一緒に生きてくださいました。だからこのことに感謝し、永遠なる神様、聖霊、御子、主を愛し、霊を救い、肉を救って、毎日愛の対象としての生を成して生きてはじめて満足するのであって、ほかの願い事は続けて成されても困苦は続きます。
認識を正しくしなければなりません。永遠なる願い事である神様の創造目的が毎日成されなければなりません。その願い事が成されてのみ根本的に満足します。
最高の願い事を成す最高の時が来ても、知っている人、備えた人だけがこのことを享受して生きていきます。新約時代の時、イエス様を分かって従ったのが貧しい人たちだったので、イエス様は卑しめられながら生きていかれるしかありませんでした。今、時代が発達してイエス様をメシヤと分かって生きるから、イエス様に栄光で仕え、輝かしく接します。
それでは何を見てイエス様をメシヤだと分かりますか? 地球世界で神様を一番に愛するその心と、それによって神様がイエス様に接することを見てメシヤだと分かるのです。またイエス様が神様と一体になって神様の仕事だけをなさったことを見ても分かります。
今日は「一つ、神様の願うことである創造目的を成して生きることだけが、最高の幸せで、最高に大きい願いだ。二つ、その願いを叶える上での核は時代ごとに神様が遣わした人を知ることだ。その人のことをどうやって分かるだろうか。その人の行ないと言葉を見なさい。分別の知恵をもらいなさい」ということを話しました。
聖霊の愛の平安を祈ります。












