<マタイ26:39>
そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。
使命者と従う人たちは神様の御心を必ず成さなければなりません。定められている神様の御心は断食して祈っても変わりません。祈る人が神様の御心をもっと悟って、心と行ないが変化するだけです。その人が神様の御心のために行く道を神様がよりよくしてくださるだけで、御心を変えることはなさいません。その道が神様の御心に該当する道だからです。
祈って義を行なえば、神様の御心がこの上なくよいと分かるようになります。神様の御心を悟って変化してはじめて、その主管圏を抜け出します。神様がくださる祝福は「新しく変化するようにさせて、自体の苦痛の主管圏から新しい主管圏へ行くようにしてくださること」です。
イエス様は最初は苦い杯を飲まないように、死を免れるようにしてくださいと祈っていましたが、結局神様の御心を分かって、神様の御心どおりにしてくださいと言い、後ろを振り向くこともせずにそのまま行かれました。行っていた道をもっと栄光で行かれました。
「御心どおりに生きること」が救いの道で、変化した生、過去の主管圏を抜け出した生、願う夢と理想を成す生、旧時代から新しい理想世界に来て新しくつくって生きる生です。
人は誰でも神様の御心のために時に従って新しくしてのみ、喜びの心の天国、肉の天国です。神様の御心の目的は理想世界を得ることです。現在は苦痛を経るとしても、神様の御心を行なって生きてはじめて、霊と肉が栄える御心の道であり、喜びの世界が来ます。
今日は神様が御心のためだけに向かって行なわれるから、揺らぐことなく堅固に神様の御心だけに向かっていくことが御心であることを話しました。御心に向かって喜びで行くみんなになることを祝福します。
聖霊の愛の平安を祈ります。












