マタイによる福音書 5章8節
<心の清い人々は、幸いである/その人たちは神を見る。>
サムエル記下 22章21節
<主は私の義にふさわしく報い/手の清らかさにふさわしく応じる。>
コリントの信徒への手紙一 6章19節
<知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。>
コリントの信徒への手紙二 7章1節
<愛する人たち、私たちは、このような約束を受けているのですから、肉と霊のあらゆる汚れから自分を清め、神を畏れ、完全に聖なる者となりましょう。>
(聖書協会共同訳)
私たちは神様の宮だから、体も心も霊もきれいにしなければなりません。
清くする人は、公義に従ってその生に祝福をくださいます。
古いものを置いたままでは、いくら大掃除をしてもきれいにならないように、時代的にも個人的にも古いものを抜け出さなければなりません。
古いものと性根を切って悔い改めてこそ清くなることができます。
清くしてこそ、三位も肉体という聖殿に臨んで一緒に生きてくださいます。
神様の清い肉体になって生きなければなりません。
内側を清くすることが、根本の問題を解決することです。
内側とは心と精神と考えです。
聖霊の感動で告白してこそ、清くなることができます。
清くあってこそ、三位に最後までついて行くようになります。
清くしてこそ、すべてのことを解決してくださいます。
清くするためには深く祈り、罪を悔い改めることです。