ヨハネによる福音書14章1-10節
<「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。わたしがどこへ行くのか、その道はあなたがたにわかっている」。トマスはイエスに言った、「主よ、どこへおいでになるのか、わたしたちにはわかりません。どうしてその道がわかるでしょう」。イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。もしあなたがたがわたしを知っていたならば、わたしの父をも知ったであろう。しかし、今は父を知っており、またすでに父を見たのである」。ピリポはイエスに言った、「主よ、わたしたちに父を示して下さい。そうして下されば、わたしたちは満足します」。イエスは彼に言われた、「ピリポよ、こんなに長くあなたがたと一緒にいるのに、わたしがわかっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのである。どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。わたしが父におり、父がわたしにおられることをあなたは信じないのか。わたしがあなたがたに話している言葉は、自分から話しているのではない。父がわたしのうちにおられて、みわざをなさっているのである。>
専門的に開発した人が専門家です。
開発することが演出することです。
思想、考え、精神が根です。人間は考え、精神が大きくなければならないし、大きければ実践も大きくできます。
演出をしてないから目立たないと思って、自分をどんどんつくらなければなりません。
傑作信仰は神様も聖霊様も貴重に思って接してくださいます。
自分が天下とも替えられない貴重な命だということを悟らなければなりません。
自分の貴重さが分からない人は、人の貴重さが分かりません。
根の深い信仰になるようにしなければなりません。
精神、思想、理念が大きくなければなりません。
信仰の根が深い人というのは、霊的な土台が強い人です。
霊の世界にぴったりくっついている人は、神様の世界から離れていきません。
うまくできることがないという人は、つくればいいです。
つくらない人は怠けている人です。
持って生まれたものがあると思って、開発しなければなりません。
生まれたまま(第一次創造)では希望がありません。
つくって開発(第二次創造)したら希望があります。
個性的につくれるように創造されたから、自分をつくらなければなりません。
開発するためには祈らなければなりません。
神様の前で最高につくろう、うまくやろうという心で生きなければなりません。