<ペテロⅠ:5:8~9>
身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食いつくすべきものを求めて歩き回っている。この悪魔にむかい、信仰にかたく立って、抵抗しなさい。
<コリントⅠ:15:58>
だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。
<マタイ24:13>
しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
<エペソ4:27>
また、悪魔に機会を与えてはいけない。
心は考えるとおりに揺れたり、堅固で希望に満ち溢れたりもします。瞬間心で決めるとおりになります。だからいつも心、考えが間違わないようによく治める必要があります。
絶対に祈らなければなりません。祈りを中断したらサタン、悪魔、悪霊、雑霊たちに捕まります。祈ることで生活の勝利をおさめるのです。祈りは武器であり、実際に自分が行なう仕事であり、無限に自分の能力を使うことであり、自分の霊力で自分の領域を守ることです。心を堅固にし、絶対に祈って、サタン、悪魔、悪霊にすべて勝たなければいけません。
神様は神様が創造なさった人間を絶対に助けてくださるけれども、本人がすべきことは自分がする分だけ成されるように創造しておきました。神様は人間が自分の責任を果たして研究し、もっと行なって、もっと楽に生きることを願われます。
信仰も研究して、もっと楽に行ないつつ、もっと得て抜け出すことです。行なうにしても、神様の御心どおりに行なってこそ、地上でも天でも天国です。自分の考えどおりにばかり行なったら、地上でだけもらって人生は終わります。
イエス様は「私の言葉を聞いて行なう人は洪水になり急流が流れても、岩の上の家のように丈夫だ。堅固だ」とおっしゃいました。イエス様の御言葉は真理なので、その御言葉で2000年間新しい歴史を行なってきました。いつも新しい時代が来たら、新しい時代の御言葉を聞いて出て来なければなりません。
この時代もそうです。行なうにしても、時代の御言葉、時代の使命者をはっきり知って、真理の岩の上に立って正しく分かって行なわなければなりません。












