エステル記4章15-7節
<エステルはモルデカイに返答して言った。「あなたは行って、スサにいるすべてのユダヤ人を集め、私のために断食してください。三日の間、夜も昼も、食べても飲んでもいけません。私も私の侍女たちも、同じように断食します。このようにしてから、法に背くことですが、私は王のもとに行きます。もし死ななければならないのであれば、死ぬ覚悟はできております。」モルデカイは出かけて行って、すべてエステルが彼に命じたとおりに行った。>
出エジプト記14章21-5節
<モーセが海に向かって手を伸ばすと、主は夜通し強い東風で海を退かせ、乾いた地にした。水が分かれたので、イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行った。水は彼らのために右と左で壁となった。エジプト人は彼らの後を追って行き、ファラオの馬も戦車も騎兵もすべて海の中に入って行った。朝の見張りのとき、主はエジプト軍を火と雲の柱から見下ろされ、エジプト軍をかき乱された。主が戦車の車輪を外し、進みにくくされたので、エジプト人は言った。「イスラエルの前から逃げよう。主が彼らのためにエジプトと戦っているのだ。」>
列王記上18章36-40節
<供え物を献げる頃になると、預言者エリヤは近くに来て言った。「アブラハム、イサク、イスラエルの神、主よ。あなたがイスラエルの神であり、私があなたの僕であるということ、またあなたの言葉によって、私がこれらすべてのことを行ったということが、今日、明らかになりますように。お答えください、主よ、お答えください。そうすればこの民は、主よ、あなたが神であり、彼らの心を元に戻したのがあなたであることを知るでしょう。」すると、主の火が降って、焼き尽くすいけにえや薪、石や塵を焼き尽くし、溝の水をなめ尽くした。これを見た民は皆その前にひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です」と言った。エリヤが、「バアルの預言者たちを捕らえよ。一人も逃すな」と言ったので、民は彼らを皆捕らえた。エリヤは彼らをキションの渓谷に連れて行き、そこで彼らを残らず殺した。>
祈ったら、無念な目に遭って死ぬ環境から助かりました。
苦痛と無念さを抜け出しました。
いつもこのことを覚えて祈らなければなりません。
私たちが忘れずに祈らなければなりません。
そうしたら無念な思いをさせた人たちに報いてくださいます。
いつも古いものから抜け出すためには、紅海のように遮るものもあるし、エジプトのように追いかけて来るものあるから、祈ることで退かせなければなりません。
この時代、エリヤのような心情を持って生き、エリヤのように祈らなければなりません。
またこの時代のダニエルのような人たちになって、神様を信じ愛して祈らなければなりません。
祈りは仕事です。
祈ったら解決されます。
真実な祈り、深い祈りをしなければなりません。
祈りは聖三位と通じる、唯一の通路です。
祈ってこそ、正しく判断できるし、堅固になるし、サタンにも勝ちます。
神様にはただ、真実さだけが通じます。
御言葉を行ないつつ祈らなければなりません。
祈りは対話であり、愛です。
愛する人の祈りを聞かれる聖三位です。