ヨハネによる福音書14章20-1節
<かの日には、私が父の内におり、あなたがたが私の内におり、私があなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。私の戒めを受け入れ、それを守る人は、私を愛する者である。私を愛する人は、私の父に愛される。私もその人を愛して、その人に私自身を現す。」>
神様を信じて生きる人たちが、神様が自分と一緒に生きているということを分からずに生きることで心配し、憂え、悩むようになります。
神様と自分が互いにその中で生きる生が、神様と一緒に生きる生です。
自分が神様と一緒に生きていないから、神様が自分と一緒に生きていることが分からないのです。
誰でも神様と一緒に生きる人は、神様が自分を愛して一緒に生きているということが分かります。
ただ信じて生きるのではなく、神様と一緒に生きてこそ、神様が自分をどれだけ大切にし、愛し、助けて、生きてくださっているのか分かるようになり、その力と希望で神様と一緒に喜んで生きるようになります。
一緒に生きるためには、御言葉を聞いて、神様を絶対に信じて差し上げ、神様を心と思いと命を尽くして愛し、神様の心情を分かって一体になって、神様の仕事をし、神様の御言葉を守って行なうことで、ひとつになった生を生きなければなりません。
神様を考えから忘れず、呼び求め、神経を使わなければなりません。
祈り、対話しなければなりません。
神様は霊だから、信じて認めるだけで、一緒に生きることができます。
何を考え行なうかによって、どんな生を生きるかが決まります。
一緒に生きる生は同行する生であり、探して、呼んで、一体になって生きる生です。
一緒に生きる時、神様を実感するようになり、おっしゃったことを悟るようになり、同行し助け共になさることを切実に知るようになります。
個性どおりに神様と一緒に生きる生を、心を尽くして生きることを願います。